FC2ブログ

ノミジッドと旧デジカ

まず最初に、今回の記事は僕個人の思い出とか近況とかをまとめたような内容なので面白くないかも。あとデジカの話をする割に環境に疎い上カード知識が浅いのでトンチンカンなこと言ってるかも、という断りは入れておきます。あと長い。


昨日、デジタル窓主催の「デジモンカードゲーム グローバルチャンピオンシップ2019」の全日程が終了した。これは何かというと、「旧デジカが一番強いやつを決めようぜ!」というのを1年間4回に渡って大会を行い、累計ポイントにより最強を決めるもので、上位4人に入ると、同じことをしていた韓国の上位4人との日韓代表選に参加でき、「日韓で一番強いやつを決めようぜ!」となるわけである。そして昨日の時点で僕は累計ポイント総合7位で、僕のチャンピオンシップは終わったわけである。これを一区切りとして、この機会に僕の旧デジカの歴史を振り返ろうと思ってこの記事を書くことにした。

1、デジカの思い出〜あの頃はよかった〜
僕がデジモンカードを買い始めたのは確かスターター4くらいだったと思う。当時僕の周りではデジモンは知ってる人は多いけど特に流行ってはおらず、対戦相手もいなくてもっぱらコレクションだった。たまにデックを組んで弟と遊んだりもしたが、弟はさほど乗り気ではなかったのでやったのも数えるほどだったと思う。そもそも当時ルールをちゃんと分かっていたかどうかが怪しい。もちろんデックに入れるカードはピン差しばかり。小学生感溢れる。
その後ちょっと歳の離れたいとこの兄ちゃんがお年玉として拡張キットSのパック版をボックスでくれた。この存在はとても大きく、必要カードを3積みしたデックを組むことができた。なお対戦相手はいない模様。この時に組んだのがブロー能力を持ったブリザーモンを主軸としたデックだった。確かヒットロックやノイブなどハイブリスタンダード的なオプションをまとめたようなものだったと思う。
しばらくして、デジモンカードを持っているという友達を発見。友達との初対戦である。その時既にブリザーデックだったと思うが、確か相手のワームになす術なく負けた記憶がある。残念ながらその友達と遊ぶ機会はあまりなく、対戦はその一回きりだったと思う。
しばらくしてまたもいとこの兄ちゃんがお年玉でライズ1のボックスをくれた。その頃はデジカでバトルしようという気もなかったので(相変わらず相手がいない)そのままコレクションとなった。
ほどなくして旧デジカの歴史は一旦途切れ、時同じくして僕のデジモンへの興味もやや薄らいでいたこともありこれからしばらくデジカとは離れることになる。
しかし今思えば、このいとこの兄ちゃんこそが今のデジカプレイヤーとしての僕を形作った張本人だったのかもしれない。その理由はこの記事を読み進めれば(もしくは僕が使っているデックを知っていれば)分かってくるだろう。

2、プレイヤーデビューと環境変化〜未来への可能性!!〜
時は流れ大学生になった僕はサークルの先輩に言われてツイッターを始める。それをきっかけに、自分よりもデジモンに詳しい人間が今なおこんなにも存在しているのか、ということに驚いたものである。しかし隠キャコミュ障を地で行っていた僕はツイッター内でも特に誰かと絡むことはなく、交友関係などなかった。その状態が1年以上続いていたと思うが、たまたまツイッターでデジモンカードをやるオフ会開催の告知を見かけた。当時は「オフ会」という概念を知らなかったわけだが、初心者でも知り合いじゃなくても参加できるとの文言に後押しもされて、最大級の勇気をふり絞って参加した。ここは割と人生のターニングポイントなんですが、まぁそこは割愛。ちなみに参加したのはデジタル窓のデジモンカード交流会でした。この時ルールの講習を受けたことでしっかりデジカの基本ルールを理解しました。そして人見知りの僕は知ったもの同士の和気藹々とした会話にうまく混ざれなかったものの、幸い初参加という人が6人くらいいて、その人たちとデジカしたりおしゃべりしたりしてたと思います。そして誠に喜ばしいことに、この時初めましてだった何人かは今では最も親しい友人達となっているのです(ついでに言うとデジカスゴクツヨイ人達である)。このことを鑑みても、僕のデジカ人生はここから始まったと言っても過言ではないだろう。なお、この会の時に僕が持っていったのは件の小学生ブリザーであった。そして同時にこの会でのフリプでヴォルクと対戦。今までただのコレクションだったカードがこんなに強いカードだったということを初めて知った時でもあった。
その後オフ会に参加する頻度は増していった。ちょうどデジ窓が交流会と題しオフ会をたくさん行なっていた時期と重なっていたのも大きい。交流会内で開催されるデジカ大会には毎回のように参加していた。デックの改造もちょいちょい行なって、この頃のブリザーデックには通常進化できるラーナモンを入れていた。時同じくしてラーナモンテイマーとの邂逅も果たす。当時の環境としてはライズ2環境、つまり最終環境だった。この頃交流会に来ていた人たちはまだ今ほど修羅も多くはなかったのでブリザーのブローと速くて強いラーナでもそこそこには雑に勝ててしまっていた。ただ強い人はやはり強く、DSコン相手に何もできず負けたことは割と覚えてたりする。「無効化」と「ダークエリアに送る」は意味合いが全く違うこともこの頃知ったのかな。後攻争いに対してハングは無力だった。
また秋葉原のチェルモというカードショップで非公認の大会が毎月行われるようになったのもこれくらいの時期だっただろうか(もう少し後かも)。こちらもなるべく参加し、仕事で参加できない時も大会が終わるような時間でも仕事帰りに駆けつけたりもしたものだった。そういえばいつの間にか就職してるな僕。この一連の大会では回ごとに禁止カードが設けられるなど独自の環境整備がされていて、それによって毎回デックを改修するのは遊びとしては面白いものであったかもしれない。が、僕はどちらかというとデジカをしに行くというより、みんなに会いに行くという側面の方が強く、特に大会に向けてデックを調整とかはそんなにしていなかったような気がする。
また当時完全に展開が終了していたデジカを遊びやすくしようと、デジ窓独自のルールがあって、交流会ではそのルールが適用されていた(時期がいつ頃からこのルールを整備していたのかはよく覚えていないけど)。具体的には、ポイントゲージに最初に置くカードは無しにする、対象がガバガバな割に強力なチィリン、ガーベ援護の対象範囲を狭めるなどがあった。
さて、そんな環境でデジカプレイヤーとしてのベースの部分は形作られていったものの、さっきも書いたようにデジカはあくまで友達と会話する言語としての側面が強かったため、「強くなろう!」という向上心はそこまでなかった。ただ、デックを考えて組むのは割と好きだった。このカードを使うには何を入れたらいいだろう、とか。
そんな折だったか、唐突に?デジカが復活を遂げる。プレミアムバンダイでの限定販売。どのセットに何が入っていたか、その辺は記憶力が皆無なので端折るが、確か2個目のボックスでデジカの環境は何年もの時を超えて激変した。
キュートモンの登場である。
対象制限無しの援護能力でポイント20回復、直後ゲージに重ねられるその能力はデジカのルールを理解しているものからすればぶっ壊れ性能であったし、当時の環境を変化させるに十分なパワーがあったと思う。
ここで僕のブリザーデックにも変化が生まれた。ブリザーはスピリットの効果で、優等生をゲージに置くとポイントを30回復できるという独自性のある能力を持っている(ついでに攻撃力も上がる)。それに加えキュートモンを入れれば、最大で150ポイントも回復できる計算となり、これは強いんじゃないか?と思ったのである。しかしいくら回復力があっても相手のポイントを0にしなければ試合には勝てないのである。これはミリオンアーサーTCGスターターデッキ「戦場の歌姫」と同じである(この例えはいらない)。しかしここであることに気がつく。ポイントゲージにカードがたくさん置かれている。これはもしかして、「ヴォルクの弾」になるのではないか?
もしかしたら同じことを考えた人はたくさんいたかもしれない。しかし、このシナジーに誰かの助言なく、ネットからのヒントもなく自分で気がついたということが大きかった。このことが、今なお愛着を持ってブリザーヴォルクデックを使い続けている理由となっているのだと思う。
コンセプトは、ブリザーで最後までゴリ押すと見せかけて意表をついてヴォルクでとどめを刺すというもの。そのためにブリザーとヴォルクに進化できるデジモンを探す。もちろんヴォルクが入っていると気づかれないように偽装ができるものを探す。ヴォルクのジョグレス素材のドーベルとブラグラのうち、アルティ赤のブラグラがギザモンから進化できる。ギザモンはDSアイコン持ちがいてブリザーと援護共有ができる。なんならラーナモンにも通常進化できる。このルートなら初見でヴォルクが入っているとは思わないだろう。ドーベルもハイブリ対象の援護持ちがいたので最悪無駄なカードにはならない。無理に進化に割くカードを増やさずに最低限の枚数でヴォルクに進化できる理想的な進化ラインを見つけたと思ってテンションが上がったものだ。やっぱりデックを組むのは楽しかった。また、この頃のデジ窓交流会ルールで、最初にポイントゲージに1枚置かなくてよかったので、あくまでサブプランであるヴォルクの進化ルートは全てピン差し、秘めを食らってもバレる可能性を極力下げたものにした。これが僕のブリザーヴォルクの原点となる。交流会の大会で初めてこのデックを使って、理想通りの動きでヴォルクシュートでゲームエンドできた時は相当気持ちよかったのを覚えている。相手がびっくりしてくれたのも嬉しかった。
かくして僕のブリザーヴォルクの歴史が始まったのだった。

3、引退と怠慢〜進化の袋小路〜
きっかけは好調な滑り出しに見えたものの、周囲のデジカプレイヤー達の上達は著しく、あくまでデジカは「友達」と一緒に「遊ぶ」ための言語という意味合いが強かった僕は次第に取り残されていく。前に交流会でデジカのルールを教えた友達は既に僕よりも強くなっていた。また握ったデックも上達するにはあまり良くなかった。ブリザーもヴォルクも対策をしていない相手に対しては雑に勝ててしまうため経験値はほとんど得られなくなってくる。対して強い相手に対しては手足も出ないまま負けることが多く、また遊びの側面が強かったこともありなぜ負けたのかの研究を怠ったため、「強い相手には負ける。けどしょうがない」で止めてしまったのである。ちょっと言い訳になってしまうが、僕の親しくなっていった友人達がやたらカードゲームに対してストイックな奴らが多く、皆強かった(過去形の表現だが、現在はもっと強い)。そんな友人達とこんなモチベーションでバトルしていたら負けるのは当然なのだが、「負けて悔しい。勝ちたい」という気持ちよりも先に「また負けてしまった。つまんない」という気持ちが大きくなってしまっていた。
そうは言ってもデックを考えるのはまだ割と楽しんでいたようには思う。お気に入りのデジモンであるカブテリモンで戦うにはどんなデックにすればいいか、ウィッチモンで戦うには何を入れるか、色々なデックを組んでみていたのは多分この頃だったと思う。その間にも新カードが追加され、Re25オメガを素早く出すためにギルモンからイグドラシルデュークを経由してジョグレスするデックを組んでみたり、特殊能力が無いに等しいディアナモンのデックを組んだりもした(ディアナに関してはブイモンウィザーモンのジョグレスシルフィーからめざ強でディアナに進化するルートで少し早く進化するデックにしていたが、シルフィーで戦った方が強いまであるデックだったし、オプションも汎用ばかり揃えた結果、「進化条件無視できる究極体なら誰でもいい」デックになってしまった)。チェルモ大会でみんなカイゼルで出るとか言っていた時にはわざわざウィッチモンから通常進化でカイゼルに繋げるデックを組んで参加したりもした。そっち方面のモチベーションはまだあった。またウィッチヴォルクブレードなるデックもあるが、あれは天才的なTCGセンスのある友達が考えてくれたデックなのでここでは割愛。というか扱いが難しすぎて僕程度のプレイヤースキルでは使いこなすのはハードだった。
そんな背景で、ブリザーヴォルクデックが進化を遂げることはこの時期には無かった。ただ存在するだけって感じ。
そんな折、デジ窓交流会でアルティメットバトルルールでの大会が行われた。通常ルールと勝手が違う上ノウハウもなかったが、カードは60枚も選べる。通常の倍である。ここでもデックを組むのが楽しかったのか参加を決意。ブルーコメットを軸に様々な単体のポテンシャルが高いデジモンを雑に展開して暴れることをコンセプトにデックを作成。ブルーコメットを使おうと思ったのはもちろんウィッチモンのアイテムカードだからであるが、デックを組む際に進化条件的に真っ先にウィッチモンが除外されることはデジカに詳しいみなさんにとっては既知の事実だろう。そこから援護の対象が緩い究極体をピックアップ、さらにその中から戦闘が出来るだけのパワーがあるデジモンを選定した。ただブルコメ3枚では60枚のデックに対して少なすぎるので、簡単に出せるゴリーパーやパラサイを追加、また大罪の門も入れてブローなど強力な能力を持つ七大魔王も投入した。とにかく成熟期に進化すれば2ランクほど強力なデジモンにチェンジ出来るよう、スピードとパワーをどちらもある程度のラインまで引き上げたデック構築をしたつもりだった。そして交流会当日、同時開催のデジカα、ゲームの大会にも参加した欲張りな僕は大会のシステムとタイムスケジュールの関係上不戦勝を重ね、決勝まで進んでそのまま優勝してしまったのだ。言ってしまえばラッキーが重なったごっつぁん優勝なわけだが(大会中に戦わなかった八坂さんの低レベルDSビートと後日バトルした際には割とボコボコにされた覚えがある)、決勝では確かゴリーパー、ガンクゥ、デーモンを並べたまさにやりたいことをやった上での勝利だったのでなかなかに嬉しいものだった。
ただこの頃のデジカに対するモチベの低さとかなんやかんやまぁ色々あって、優勝という有終の美を飾れたこともあり、今後大会のような不特定多数の対戦相手とバトルするような場からは距離を置くことにしたのだった。もちろん友達にデジカやろうと言われたらやる、というようなスタンスではあったが、このブログでももう大会出ないとかその経緯とかも書いてたので、そのこともあってかは不明だがフリプでも僕にデジカやろうと持ちかける人はしばらくの間あまりいなかったと記憶している。ただとは言っても、その後も交流会に行くときは大体デジカだけは持って行っていたし(そのまま取り出さずに帰ることも多かった)、まだデジカやりたいという気持ちはどこかにあったんだと思う。
そんなこんなでデジカから距離を置く時期が続くのだが、ここからしばらくした後にデジカ環境は再び激変した。
tri.ファーストメモリアルセットが発売されたのである。大量の新規カードが収録されたこのカードセットの中で何枚もの強力なカードが世に放たれた。通称「感染」の「豹変の理由」は無条件で常時攻撃力+600、しかも発動後はデジモンボックスに移動して場に残るというタチの悪いカードはゴリラの必需品になった。「謎の男」はいるだけで息をするように場に感染インペを出現させ意表をつくどころの騒ぎではない。そして最も使われているのは「謎の女」「鳥取の女」などと呼ばれている「望月芽子」。デック枚数が30枚しかないデジカにおいて、その実に3分の1ものカードを見て、そこから2枚を手札に加える事がどれほど強いか分かるだろうか。その汎用性とあまりに強い強い言われたせいもあり、デック構築の際に脳死で芽子投入という現象も見られたりもしたとか。その他にも見所あるカードが多く登場し、デジカ環境は激変したのだ。
しかしその頃の僕はデジカから距離を置いていたこともあり、環境のあまりの急激な変化についていけず、デックを組むことすらやめてしまった。豹変許さねぇなどと毎度言う割に豹変にどう対処すればいいのか、また自分が豹変を使いこなすにはどうすべきかなどと全くと言っていいほど考えもしていなかった(許さねぇは半ば口癖みたいなもので今でも何かにつけて口にするワードではあるが)。言ってみればただの怠慢。
そんな風にもじもじしているうちに周りの環境自体も変化していき、参加しなくなっていたチェルモの大会もいつの間にか無くなっており、代わりにというかカードランドという別のカードショップで非公認大会が開かれるようになったり(初回や、あまりに参加人数が少なそうな時などは参加したりもしたが、オメガインフォースなどを使うゴリラウィッチデックで参加するなど、勝つ意志があったかは疑問である)、これまでデジカをやっていなかったデジモンファン達がデジカを始めたり、独自の文化となっていたデジ窓ルールもいつの間にか適用する人がいなくなっていたりした。シーズン1限定構築が流行ったりもしていた。
しかしそんなデジカ環境や、それを取り巻く環境の変化全てに順応できず、また順応しようという意志もなく、僕のデック達は過去の遺物となろうとしていた。

4、突然の復帰と謎のモチベ〜昨日のオレだと思うなよ!〜
ともすればデジカはただのコレクションになろうとしていたそんな時、この記事の最初の方に書いた「デジモンカードゲーム グローバルチャンピオンシップ2019」開催の告知を目にする。見れば年間の累計ポイントで勝者を決める方式で、今までに経験したことのなかった形式の大会であった。その形式がそんなに面白そうに感じたのか、正直自分でも分からない。ただ日程的に初回に参加できる日程だったのでなんとなく?行ってみることにした。こういうものは初回に参加しなければ以降も参加しないものだと相場は決まっているので参加できるならするという判断は妥当かなとは思う。
そこで用意するデックであるが、その時点で僕が組んであったデックの中で最も強いと判断したのがブリザーヴォルクデックである。正直このデックをいつの時点でいじったのか覚えていないのだが、ブリザーが使える上ゲージへ飛ぶライズラッカーや、強化にもバーンの弾にも使える強化Uが入っていたり、以前よりも多少コンセプトがまとまってきてはいた。そしてそこからこの大会に向けての調整なのだが、まずポイントゲージにカードを置く関係でヴォルクのパーツをピン差しできなかったので2枚ずつに増やした。その分ゲソモンを1枚抜いたのもバランスとしては良かった。そしてブリザーが使われて困るカードトップのワーム対策に赤プロ緊も入れておいた。今思うとこの時このカードを入れた僕はこの頃にしてはだいぶ頭回ってたと思う。そんな感じの調整を前日夜から当日朝にやってた気がする。
結果から言うとこの時は予選敗退だった。初めて対戦した相手に対してはブリザーからのタッチヴォルクに対応しきれなかったようで(把握まで時間がかかったのだと思う)勝ったものの、よく見知った強い友人達は僕のデックのギミックを知ってる上に対応も上手くできる人達なので簡単にやられました。「ノミジッドさんのブリザーからヴォルクが出てくることは有名」とはデジカスゴクツヨイプレイヤーであり友達でもある八坂氏の言葉。
この大会ではまだ「自分より強い人達に負けたけど、それは仕方ない」程度にしか思ってなかった。多分。ただなぜか分からないが次回も律儀に参加したのだった。
第1回からデックをどう改良したか正直覚えていないんだけど、ガーベとチィリンを入れてみていたような気がする。この大会中はもうデジ窓ルールにあった援護制限がなかったのでその2枚は誰でも使える援護になっていたからである。ただこれらのカードはデジ窓ルールがあったせいでこれまで使ったことがなかったカードになっていて、強いらしいと入れてみたが結局うまく使えずじまいだった。第2回は会場に着いたのが遅くて(時間には間に合ってるのに)午後の部のみの参加となった。そして誰の何と戦ったかもいまいち覚えていないんだけど、第2回の収穫は大会終了後にあった。どうしたらブリザーヴォルクデックをもっと強くできるかという問いに対し、デジカスゴクツヨイプレイヤー達が色々とアドバイスをしてくれたのである。まずこれまで「ブリザーに偽装したヴォルク」というコンセプトのためにずっと変わっていなかった進化ラインを、この2回の大会を通してもう偽装する必要が無いと判断できたのは大きかった。この時点でレベルⅢとⅣはギザモンやゲソモンといったデジモンは必要なくなる。そうなるとレベルⅢはもっと強いデジモンを選択できる。ここは先輩プレイヤーの知恵を借りワームなどが効かないテリアモンに、そしてただ立ってるだけで一定の強さのある赤ドーベルを選択。ドーベルは単体である程度の戦力になり、またブリザーにもヴォルクにもなれるので1ターンで進化素材を全て集めて展開する必要性が少なくなり手札に余裕が生まれる。デックの回りも良くなる。他にも色々いじったと思うが、進化ラインの変更はだいぶこのデックをスッキリ綺麗なものにした。あとは第3回に向けてこれを使いこなせるように練習しようと意気込んだ矢先の翌日、事件は起きた。
再びのデジカ環境の変化である。20thメモリアルセットのログ、ファイター、X7、スサノオなど今までの比ではない速さのデックを誕生させるカードが突如として送り出されたのである。これらのカードは直後デジカスゴクツヨイプレイヤー達を次々と引退に追い込んだ(カード勢はすぐ引退する)。これらのカードは直接的にブリザーヴォルクに影響があるわけではないが、確実に向かい風ではあった。これらのカードが青枠であるため、メインでワームを積まれることが懸念されるし、X7とスサノオはヴォルクよりも早いバーンであるためバーン対策もより入念にされる環境が生まれる懸念もあった。また一瞬で出てくるファイターは常にブレードを振られる危険性を孕んでおり、他のバーンも速度が速いため、ダラダラ試合を引き延ばして勝利に持ち込むブリザーヴォルクにとっては戦いにくい相手と考えられた。
そんな事件があったりしたが、その後友達とデジカで遊ぶ機会があった。確かお盆休みの頃だった。そこで新生ブリザーヴォルクを使ってみた。友達に使ってみてもらったりもした。そこでの気付きとして大きかったのは、「ガーべの使うタイミング」と「ブリザーがバトルでは強くない」という点であった。ガーベをこれまで使っていなかった僕はイマイチ使いどころが分かっていなかったのだが、とりあえず使い方入門として「先行の場合は進化フェイズ、後攻の場合はバトルフェイズ」に使うということを教わった。前者は進化の妨害やミミや芽子対策に、後者はこちらの動きの妨害に対する牽制などである。どちらも先置きしないと能力が使えないのでガーベが援護能力を使わないまま不発に終わることもあるが、最初のうちはそんな考えで置いていって、慣れていくといいらしい。あとは行動を起こす時に邪魔されたくない際に置いておくと保険になる。「ブリザーがバトルで強くない」というのは、バトルで負けやすいことがメリットになる場合があるという事。バトルで負けたということは次のターン後攻を取れて、なおかつデジモンはレベルⅢに戻っているという事で、つまり次のターンヴォルクに進化することができて、後攻であるため争いなどを発動される前にヴォルクの能力を発動する事ができるのである。この考え方は割と目から鱗だった。
そして大会に参加するモチベだけはなぜか維持されて、第3回に挑んだ。偽装をやめたブリザーヴォルクの初の晴れ舞台である。しかしその結果は散々なものであった。予選リーグで当たった卓が「黄金の国ジパング」だったのである。どういう事かというと、僕以外全員赤マグナだったのである。これは前述のメモリアルセットのカード達がどれも援護デジモンを置くことで真価を発揮するカードだったため、早くて雑に強くて援護を封じれて扱いやすい赤マグナを選択したと言うのはまぁ分かる。僕も一瞬ノーブルを入れたRe25オメガデックを新たに組もうと思ったくらいだったし。にしてもみんな赤マグナて。この戦い、僕はデック相性的に負けるなんてあってはいけないんだけれど、長年の怠慢によるプレイヤースキルの著しい欠如はその相性差をひっくり返すには十分過ぎた。確か4体の赤マグナの内3体に負けた。より正確に言うと、「豹変と援護で武装したブイモン」に「ブリザーモン」が「バトルで負けた」のである。赤マグナ自体はブリザーになりさえすれば簡単に流せるので敵ではないし、多くのゴリラはヴォルクを防ぎきるのが大変なのでブリザーヴォルクが不利な理由がないのだが、僕にブリザーをうまく使う技量がなかった。ブイモンというレベルⅢに負けるとロスポイントは40なので非常に厳しくなってしまったのだ。そしてそのロスポイントをリカバリーしながらプレイするほどの技術と経験が僕にはなかったのである。
ただここで僕のブリザーヴォルクは大きなターニングポイントを迎える。この戦いを通して赤マグナは親の仇となったわけだが、ここで「豹変の1枚でもあればこんな事にはならなかったし、ノイブもあればこんなにブイモンにビビらなくて済んだ」という思いが湧いてきた。しかしそれらのカード(特にノイブ)は使わない相手に対してはただの邪魔なカードとなる。もともと2つのプランを両立するために枠がキツキツなのにそんなカード入れる余裕なんか無い。そうなった場合、取れる選択肢は...デジヴァイス01である。ヴァイスはデック構築の保険として30枚のバックアップを用意できる非常に優秀なカードである反面、サイドデック30枚の選定と、ヴァイス使用時の必要なカードの選択という思考が発生するため、ヴァイス無しのデックより考える事が増える。それを敬遠してこれまで使ってこなかったが、この黄金の国の経験を通じて「ヴァイスは必要」という事を身を以て体験し、そしてヴァイスを使う覚悟を決めたのだった。
その後デジカスゴクツヨイプレイヤーのトップであるしぐーさんが定期的に開催しているとんかつ会でデジカの練習をするとの事で、日程の都合はあまり良くなかったものの頑張って参加し、サイドデックをどう組めばいいか相談を受けてもらった。サイドに入れるカードは主に、デックの予備パーツ(ゲージにする1枚によってデックの回りは大きく影響を受けるため)、デックの強みをさらに伸ばすカード、苦手な相手への対策カード、の3種類に分けられるとの事。また最初のうちはデックに入れたいなと思うカードや、対策などに必要かな?と思うカードをとりあえずピックアップ、それをサイドと仮定して練習(この時サイドデックに上限は設けない)、練習の中でいらないカードを間引いていくというのも一つのやり方だと教わった。
それらのアドバイスを参考にサイドデックを整理、30枚を選定し第4回に挑んだ。先に結果を述べると、予選突破(1位通過)、決勝トーナメント最下位という結末となった。結果としてはこの1年を通じて最も良い戦績を残せた。サイドデックは組んだものの練習はほとんどできていなかったので所詮は付け焼き刃状態で、不安は大いにあったがなるべくヴァイスを積極的に使うよう心がけた。最もヴァイスがうまく使えたのは対アルターB戦。めざ強で進化するプランを取っていた相手に対してサイドインのダークタワーがうまく刺さり、アルターBの打点がうまく通らないうちにもぞもぞ回復しつつバーン対決に勝利する事ができた。また今まで1度も勝った事が無かった「八坂さんのマタ」に予選で勝利できたのも大きな経験になった。マタはそもそも強い上、デジカスゴイツヨイプレイヤー八坂が長年操るマタくらいしか対峙した経験がなかったため、非常に大きな苦手意識があったのだが(対戦相手が八坂さんと分かった時点で半ば諦めるくらい苦手意識があった)、これを払拭とまではいかないもののそこから一歩を踏み出せた気がした(もっと言えば前述のとんかつ会の時にマタ相手に助言を受けながら練習をしており、負けはしたもののマタ側はブリザーとヴォルクに対してワームと忠誠心という別々の回答を用意しなければいけない(逆になると効果がない)という事を教わっていたため、そのアドバイスもあって今回マタに萎縮せずに挑めたんだと思う)。
逆に今回のデックの大きな問題点も浮き彫りになった。後攻争いを連打された時に対処する手段がない、という点である。予選時点で薄々気が付いてはいたが、決勝リーグ初戦でそれを痛感した。というのも、相手はDSコン。1回でもバトルフェイズに手番が回ってくればチャンスもあったかもしれないが(いや1回じゃ無理か)、争いが絶える事がないまま秘めでじわじわ削り切られた。DSコンは恐らく勝ち目がないだろうとは思っていたが、周りで使っているのをあまり見かけた経験がなかったため対策しないまま大会に臨んでしまったが、ここまで完封されてしまっては対抗措置を講じなければブリザーヴォルクに未来はないと思う。その後の3位決定戦では再び八坂さんのマタと戦ったが、そこは流石のスゴイツヨイプレイヤー、同じ敵に2度も負けない。僕のデックにタギルが入っていない事を見抜いて争いをうまく使って僕はなす術なく敗北した。
またデック以外にも問題点が明らかになった。まず一つは相手デックが何か予測するだけの知識がないという点。これは戦い方もそうだが、早い段階でヴァイスを使った場合、相手レベルⅢからデックを予想、その対策カードを選ばなければならないのだが、僕はレベルⅢを見ても何が来るか分からない。ヴァイスはなるべく相手の盤面が揃っていなくて妨害されにくい最序盤に使って、早い段階から戦いを有利に運びたいものなのだが、早い段階でサイドインするカードを選ぶ力が全くなかった。もう一つの問題点は、体力がないという事。予選リーグを思い返すと明確にプレイングをミスったなと思うところはなかったのだが、決勝トーナメントではそれがいくつもあった。ちなみに言えばこの少し前にあった別のオフ会でシーズン1限定構築大会をやった際も全く同じ事を経験している。同じ事が2回続いたということはそれは偶然ではなく必然の問題点であるということである。この2点に対しても対策をしていかなければより強くはなれないだろう。

こうして僕のグローバルチャンピオンシップは終わったわけであるが、自分でも分からないくらいのデジカに対する謎のモチベーションが未だ存在している。そしてとても幸運なことに、僕が普段親しくしている友達≒日本のデジカトッププレイヤーであり、強くなるにはお誂えの環境が整っている。またそれらの友達も、他人を蹴落として強くなってやる!というような性格の人はいなくて(と思っている)、みんなで強くなっていこう!というスポーツマンシップに溢れた人達だという点も非常に恵まれていると言えよう。そんな周りの友達に感謝しつつ、僕はもう暫くは、デジカプレイヤーでいようと思う。
スポンサーサイト



プロフィール

ノミジッド

Author:ノミジッド
デジモンファンをやっています。
ボンボン派。

カテゴリ
Twitter
最新記事
リンク
カウンター
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR